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研究の現場から -農家にとっての土地への権利を考える その1-

 2014年2月24日


こんにちは、永島です。
普段はとある大学院で開発経済学の研究をすることを目指してコツコツ勉強を重ねていますが、その中で読んだ論文を紹介して、世界の研究者はどのように開発を考えているのか(大変僭越ながら)紹介したいと思います。

アフリカ 農業

今回取り上げるのは James Fenske (2011) “Land tenure and investment incentives: Evidence from West Africa” Journal of Development Economics 95 137-56. というもの。英語で書かれており、経済学的な分析が多いのですが、ムズカシイのはちょっと…という人にもわかりやすいよう、極力噛み砕いた説明を加えていきます。
行き過ぎた単純化はもとの研究を台無しにしかねないため、多少説明が不足してしまうかもしれませんが、興味が湧いた読者はぜひ原文を読んでみることをお勧めします。書を読むのはいつの時代もいいものです。


農家が土地を使う「権利」とは -その考え方-

今回の研究対象の西アフリカ地域に限らず、高所得国の一部の研究施設を除き、農業には何らかの形で土地を使えることが必要です。そのとき、どの程度自由に土地を利用することができるのかを具体的に考えなければなりません。

全ての農家が土地を所有しているわけではなく、また借りている場合にも親族や同じ村の人から借りていることもあり、その形態によって自分の好きな作物を植えていいのかどうか、自分の子供に土地を相続できるのかどうか、排水溝を作ったり柵で覆ったりしていいのかどうかなど、利用の自由度が異なってきます。
また、土地の利用や所有も、政府や担当省庁などの公的な証明を受けているものから、土着の制度に基づいて実質的な権利を主張している場合まで、実にさまざまです。
数多くの研究者や研究機関、NGOなどが多様な実地調査を行い、農家がどの程度自分の意思決定を行うことができるのかを明らかにしようと試みてきましたが、本論文の著者であるFenske自身が実地調査を行っているわけではないので、本エントリでは2002年にBrasselleらが発表した論文に収められている「権利」の調査を紹介することにします。


農家が土地を使う「権利」とは -ブルキナ・ファソの例-

Brasselleらは、農家が土地を使える自由度について、公的機関による証明がある・なしによって区別するのではなく、調査時点で農家自身が何ができると考えているかに基づいた分析を行いました。

権利には所有と利用の二つの性質がある、という切り口とは少し違い、農地という性格から Brasselle らは

  • 土地を利用することに関する権利
  • 土地を使う際に他人に使われない権利
  • 土地を任意の他人(配偶者や子供など)に受け渡す権利

と分類し、それぞれに関する個別具体的な行動をアンケート調査から明らかにしようとしました。
ブルキナ・ファソの205件の農家から得た結果はこちら。

  1. 栽培する作物を決めることができる(91%)どちらかといえばできる(7%)できない(2%)
    栽培する作物を決めることができる
  2. 休閑期の後もその土地で耕作できる(52%)どちらかといえばできる(32%)できない(16%)
    休閑期の後もその土地で耕作できる
  3. 土地を改良することができる(66%)どちらかといえばできる(4%)できない(30%)
    土地を改良することができる
  4. 収穫物を自己の判断で処分できる(86%)どちらかといえばできる(7%)できない(7%)
    収穫物を自己の判断で処分できる
  5. (他人の)家畜の侵入を拒否できる(84%)どちらかといえばできる(6%)できない(10%)
    (他人の)家畜の侵入を拒否できる
  6. 金銭を目的としなければ他人に土地を貸すことができる(53%)許可があればできる(8%)できない(39%)
    金銭を目的としなければ他人に土地を貸すことができる
  7. 他人に土地を譲渡できる(26%)許可があればできる(2%)できない(72%)
    他人に土地を譲渡できる
  8. 他人に土地を(遺産として)相続できる(65%)許可があればできる(3%)できない(32%)
    他人に土地を(遺産として)相続できる
  9. 金銭を目的として他人に土地を貸すことができる(24%)許可があればできる(2%)できない(73%)
    金銭を目的として他人に土地を貸すことができる

※四捨五入のため数字を足しても100にならないことがあります。
3つめにある「土地を改良する」とは、肥料を使ったり、排水溝を整備したりして、同じ面積の同じ土地で同じ時間働き、同じ作物を同じ天候条件で育てても、より多くの収穫が得られるようになるような行動を広くさしています。この意味では2つめの「休閑」を含みますが、「その土地で農業を営んでいる」ことが、自分のことを知らない人(移住してきた人など)に主張できるかどうかという点で、違うものとして考えるのが適切でしょう。
もう一つ注意が必要なのは、こういった権利を持っていると考えていることが、公的に認可されているのか土着のシステムに基づいているのか、土地は借りているのか持っているのか、といったこととは直接的には関係がないことです。たとえば「他人に土地を貸すことができる」のは土地の貸借契約にそう書いてあるからなのか、伝統的な地主との口約束や人間関係に基づく主観なのかはわからないが、ひとまずその土地を耕す農家は「貸すことができる」と考えている、ということです。その意味では、「公的な認可があるかないか」「土着の土地システムに属しているかどうか」などのような分類に依存しない(と考えられる)データを集めたといえます。

このデータからは、基本的な土地利用の権利性は多くの農家に付与されていると考えることができるでしょう。具体的には、栽培する作物を自分で決めたり、収穫したものを自分の判断で処分したりすることができると答えた農家は多いことがわかります。
土地を他人に使われない(=排他的に利用する)ことはどうでしょう。知らない人の牛が自分の作物を食んでいるとすると、多くの農家がその牛を農地から追い出すことができると考えているようです。また、休閑期を置いている間、自分が育てる作物が植わっていなくても、その土地に対する自分の権利を主張し、改めて耕作できるならば、排他的な利用ができると言えそうです。
一方で、農地の所有を主張することができる農家はそれほど多くないようです。自分が所有する農地なら、自分で使おうと子供に譲ろうと誰かに貸し出そうとできるしれませんが、そうではないと考える農家が大半のようです。


土地利用の自由と農家の行動の関係

このように、農家が耕作を行うと一口に言っても、その行動の自由度にはばらつきがあることがわかりました。
次回の記事では、この違いがどのような影響を持ってくるのか、土地利用の自由と農家の行動の関係を見ていこうと思います。その中で、なぜこの研究が意義あるものなのかについても触れていきます。


次回: 研究の現場から -農家にとっての土地への権利を考える その2-

関連する過去記事として農地争奪戦①―外国企業の進出と途上国―などもあわせてどうぞ。


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